記憶ってやつは。

2018年01月11日
残った記憶の強烈さは、
そのエピソードの強烈さと比例しないから不思議。

絶対に忘れない(忘れるわけない)
とあんなに強く思ったことでも、いつの間にかあっさりと虚しく記憶から消えていって
ふとその「一片」が頭によぎった瞬間に、それを忘れていたことを思い出して
どうしようもなく切なくなったりします。



早く忘れたい(忘れよう)
とあんなに強く思ったことが、いつまでもいつまでも頭にこびりついていて
ふとした瞬間にまた蘇ってきて、慌ててぎゅーぎゅーと記憶の奥の方に閉じ込めることもあります。




記憶って、コントロール出来ないんだなと、しみじみ。
そう、コントロール出来ないんですよね。




いつまでも記憶に残っていることが、イコール人生にとって重要なことだったのかというと
それはそうとも言い切れないところもあって。
例えば学生の頃、ただただ無邪気にどうでもいい話をしていたことを
誰が何を言って、その時どんな表情をしていて、こんなタイミングでみんなが大笑いした、とか臨場感満載で再現できたとしても
冷静に考えて、その瞬間が何かを変えたとも思わないし。




もしかしたら忘れてしまったカケラの中に、どうしても覚えておかなきゃいけないことがあったんじゃないかと思うとあてもなく焦ったりするけど、
きっとそんな風に「探しもの」をしている中で
新しく気付く「何か」があるって思ってます。
だからきっと消えちゃいないんだね。






結婚式のプロデュースは「まず始めに」として
新郎新婦の話を徹底的に聞きます。
聴きます。
自分のことを改めて長編で話す機会って、実はなかなか無いし
話し始めると、それがとても楽しかったり心地良かったりすることに気付きます。
そこで聴いた話を、全部平等に何かの「カタチ」にしなきゃいけないとは思ってなくて
裏メッセージとして表現することもあれば、2人を知るヒントの1つとして胸にしまうこともあります。




記憶って自分じゃコントロールできないから
こうして「思い返す」時間って、とても大切。
みんなそれぞれ忙しい毎日を過ごす中で、
自分の「これまで」を大切に味わい返す時間って、とても大切。(贅沢)
(パートナーの知らなかったエピソードを知って、愛しさを倍増させたりして欲しい。)